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『ニューヨーク便り』 No.17: 2002/9/9

独立記念日の花火大会

 今年の夏はとても暑い。ニューヨークの夏は一般的に暑いのだが、天候には波があり、暑い日が長く続くということはあまりない。3、4日暑くてもその後は落ち着き、また暑い日がやってくるというような繰り返しだ。またここ数年は30度以上という日は限られていた。しかし今年は30度以上の日が切れ目なく長く続く。直後の混乱から立ち直り、ニューヨークの観光の場所には観光客があふれかえり、その笑顔を見ると例年と同じ夏を感じる。
 7月4日独立記念日。今年は昨年の9月11日のテロ以来初めてとなり、アメリカの威信を示す時でもある。各地で独立記念日の式典が行なわれ、夜は花火大会となる。ニューヨークではメーシーズ主催の花火大会はとても大規模だ。アメリカによるテロ報復後、国内では防犯体制が厳しくなり、イスラム原理主義らによる新たなテロは起っていない。しかしこの式典にかこつけてイスラム原理主義による報復の報復があるのではないかと巷では噂されていた。政府やCIAの謀略等に詳しく、反政府デモ等に参加するアメリカの友人はこの時期は絶対にニューヨークを離れろ、といい回っていた。テロ以後、市民は不安を隠せなかったが、当時の市長ジュリアーニ及び現在の市長ブルームバーグともに平常心で市民生活を続けよう、と精力的に活動し、新年のカウントダウン等の催しは例年どおり行なわれている。今年も独立記念日花火大会は行なわれるのだ。
 私はというと、観光業の仕事柄常に人の多い場所、観光の場所を回っているので、仕事でない限りは、人の多いところは避けたいと思っている。花火大会も10年以上前に1回行ったきりだ。暑い夏、暇な観光業、ということで友達とビーチでのんびりすることにする。ケネディ空港、ラガーディア空港をかかえるマンハッタンの東に位置するロング・アイランドはたくさんのビーチがある。特にロング・アイランドの南には細長い島が横たわり、ビーチが連なっている。ロング・アイランドと橋を使って行き来ができるので、日本のビーチほどではないにしてもマンハッタンから近い、ロング・ビーチやジョーンズ・ビーチは人が多い。混雑を嫌ってさらに遠い、ロング・アイランドからフェリーを使わなくて行くことはできないファイアー・アイランドに行くことにする。ファイアー・アイランドもいくつかのビーチがあり、連れの友人がかつて行って良かったというデイビス・バークと呼ばれるビーチを目指す。
 祭日のすいたフリーウエイを飛ばし、デイビス・バークへのフェリー場まで1時間半でたどり着く。フェリーは45分に1本。待ち合いの合間に軽く、やや遅めの昼食を取る。埠頭近くの周りは住宅街で店はレストランが1件あるのみだ。白ワイン、生がき、ソフトシェル・クラブ・サンドウィチをオーダーする。このような競争のないところはまずく、高いと思っているのだが、それに反して手ごろでまずまずだった。フェリーで10分ほどでデイビス・バークへ。その埠頭にはたくさんの小さなボートやクルーザーが停泊し、人々は船上で飲食したり、横たわり、のんびりとしている。埠頭から島に入ると1件のコンビニがある。まずは水とビールを買う。埠頭の近くは人が多いので、やや離れたところをに移動する。島は幅が50ー100メートルと狭く、長細く、何十キロも続き、デイビス・バークは南側がビーチで北側がサマーハウスとなっている。サマーハウスを横目に木で作られた通路を歩く。連れはかつて1か月ほど友人とレンタルしたというサマーハウスで立ち止まり、懐かしく眺める。フェリー乗り場から10分ほど歩き、人気が少ない場所で横たわる。午後4時近くということで日ざしは弱まり、風が心地よい。泳いでいるのは数人の子供達だけだ。ほとんどは砂浜で日光浴している。年輩の人は犬を連れ、散歩している。近くには釣り竿が4、5本並ぶ。持ち主らは近くのパラソルの下でビールを飲み、陽気に笑っている。折角なので海に入ると、やや冷たい。慣れれば、問題ないのだが、義理程度に水に浸かり、浜で横になった。30分位寝入ったか。人の歓声で目が覚めた。魚が釣れたのだ。釣り人はなんなく魚を釣り上げた。大人も子供も集まってきた。犬も魚のまわりを吠えながら、飛び跳ねている。50センチほどの魚だ。釣り人は魚から針をはずすとすぐに海に返した。夕方の風でやや寒気を感じ、まわりの人々も引き上げ出した頃、浜を出て、コンビニ近くのバーでピナコラーダを飲む。ちょうどライブバンドの入れ替えの時であったのでやや静かだった。
 フェリーに乗り、帰路につく。9時を過ぎ、暗くなり始めるとフリーウエイから郊外の小さな花火大会を3つほど見ることができた。マンハッタンの花火大会は9時過ぎから10時までだ。マンハッタンに入る橋の混雑を考え、遅めの夕食を済ませて、花火大会が終了してから、橋を渡ろうと思ったが、手ごろが店が見つからずに橋に向かう。花火が見えてきた。花火の最中なら橋も混んでいないだろ。渡りきろう。橋へとつながる予備線はすいていたが、本線に入るところで渋滞になった。花火の方角から本線に合流する別の道路に邪魔をされ、花火が見え隠れしてる。車は少しずつ移動し、本線に入ると空一面に幾つもの花火が浮かび上がった。アメリカの大きな花火大会は日本のように風流に1発づつ上げず、同時に何発も打ち上げられ、花火の始まりから終わりまで途切れない。アメリカの物量主義を象徴しているのだ。車は完全に動きを止め、車から人々は降りだし、花火見物となった。花火を見るのには最高の場所である。途切れなく摩天楼上に打ち上げられる花火はこれでもか、これでもかと、ニューヨークの灯は消えることはない、と叫んでいるようであった。

川島裕次

 

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