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『ニューヨーク便り』 No.12: 2001/9/27

2001年9月11日

あの大惨事から早くも2週間が過ぎた。未だにワールド・トレード・センターが無くなってしまったことが信じられない。現場に近づくことができないし、ナイトツアーでよく行ったブルックリン橋下にも行っていないので、ローワー・マンハッタンの高層ビル群の中でも一際目立ち、一直線に空に伸びていたツインタワーがウォール街から姿を消してしまったのを確認していないのだ。テレビで放映されていたビルの崩壊は映画のように私には現実感がない。

あれから1週間ほど後、14ストリートより南が解放され、ワシントンスクエア公園に行く機会がきた。5番街と公園が交差するところにそびえるジョージ・ワシントン大統領就任100周年記念の凱旋門に正面から向かうと門の間から公園の緑の上にそそり立つ2本のビルが見えるはずなのに、姿はなかった。またかつてとは違っていたのは、門を取り囲んである金網には平和の願いが書かれた張り紙やアメリカ国旗、行方不明者の写真がくくりつけられていた。地面にはロウソクの火が灯り、花が供えられていた。うつろな目でたたずむ者、熱心に張り紙を1つ1つ読む者、花を供える者、ロウソクの火が風にあおわれ、消えるたびに火をつける者らの間を風向きにより数キロ離れたこの公園に鉄の溶けたようなにおいが流れてくる。自由と平和を願った、かつてのボヘミアンの街、グリニッジビレッジにこの異臭は似合わない。

私の知人にこのテロに巻き込まれた者はいないので、被害者及びその家族の痛みを正確に推し量ることはできないが、感じえる。それはこの街に住むすべてのものにいえることだろう。6000人以上の尊い命が消えたのだ。負傷者や数え切れない。人命救助に向かい、命を落とした消防士、警官は勇気のある者として賞賛されている。事故死者を出した消防署や警察署には亡くなった者の顔写真、メッセージが入口に張られ、花が供えられ、ローソクの火が灯る。通行人は署員に激励や感謝の声をかけて通り過ぎる。

2週間経ったいま、住民のみが住居に戻れ、関係者以外は市庁舎のあるチャンバー・ストリート以南には行けず、車はチャイナタウンのキャナル・ストリートで迂回させられる。ホーランド・トンネル、バッテリー・トンネルは未だに通行止めで、地下鉄もローワー・マンハッタン前で終点かまたは駅に止まらず、通過して行く。

かつてのように車を運転することはなくとも、アパート周辺で生活する私には生活圏が狭まっただけで困難なことはない。テレビ、新聞では行方不明者の捜索、瓦礫の撤去等のニュースとともにテロへの報復が叫ばれている。もうこれ以上の傷つけ合いはやめて、ただ単に以前のように皆が笑顔で暮らし、観光客が世界中からマンハッタンの魅力を堪能するために訪れる、元の街に戻って欲しい。できるだけ早く・・・。

 

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