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ニューヨーク便り』 No.24: 2003.8.30

BLACKOUT 2003: アメリカ史上最悪の停電

昨日までそれほど暑くはなかったが、今日はかなり熱い。1日市内観光を終え、ダウンタウンのアパートに戻る途中にアメリカ史上最悪の停電に遭遇した。8月14日4:10pm頃である。車でダウンタウンに向かっている途中に信号が消えているのに気づいた。ニューヨークでは灯りの切れた信号は珍しくないので、また信号の故障だろうと考えていた。車を路上駐車し、アパートに向かうと、たくさんの人が歩道に出てきた。エアコンが切れて、店内や部屋内が暑いので、外の空気を吸いに出てきたのだろう。またレストランやデリなど電気がないと料理やレジの支払いもできないので、営業を中止仕始めたのだ。アパートの前の大通りは仕事を終えた、または終えざるを得なかったビジネスマンなどが大量に歩いている。地下鉄は運休となっている。バスは運行していても一杯で、バス停も人があふれている。アパートでラジオを聞き、始めてニューヨーク全域、さらにデトロイト、トロントなどを含む大規模な停電とわかる。2、3時間で電気も戻るだろうと考えていたのは甘かった。しかし考えてみれば、近代文明に慣れた我々が電気なしで過ごすというのもとても良い機会である。8時半頃から外は暗くなり、ワクワクしてくる。音楽演奏などがよく行われるワシントン・スクエア公園に向かうと公園の周辺にあるニューヨーク大学の建物は灯りがついている。さすが金持ち大学、しっかりと非常用電源を持っている。公園はまったく盛り上がってなかったので、ビレッジの繁華街を歩く。ジャズの老舗ブルーノートは閉店しているが、向かいのバーは灯りがついて営業をしているので、ビールを飲みに入る。この店は非常用に準備ができているようで、オイルランプが店内に数多くあり、またジェネレーターで発電し、小さな豆電球でバー・カウンターを飾っている。1時間ほどして外に出ると真っ暗である。空を見上げるとたくさんの星が見える。マンハッタンでこれほどの星が見えることはこんな時しかない。通りの人通りは少ない。ほとんどの店は閉まっていて、たまにバーが暗い中で営業している。レストランは飲み物は可能だが、食事はない。マンハッタン郊外に続く橋に向かう大通りは交通規制がかかり、大渋滞である。通常はクラクションがうるさいが、ドライバーは状況を理解しているのか、静かに交通整理の警官に従っている。住宅街では、歩道でバーベキューをしている。私はろうそくがほのかに灯る暗い店内のデリでロウソク、ビールを買う。アパートの料理用のコンロはガスではなく、電気であるので使えない。冷蔵庫にあるハム、チーズなどを温まりだしたビールと一緒に食べる。古い冷蔵庫の冷凍室にはたくさんの氷がこびりついており、このために冷蔵庫内の食品はまだ大丈夫だ。友達に電話でもと思うが、電話が使えない。また携帯電話も同じである。することもないので、寝るまえにシャワーをと思ったら、お湯が出ずに水となっている。

翌朝はブルックリン観光である。私が住むイースト・ビレッジは未だに電気がない。電話も通じない。公衆電話が使えたので、出発1時間前にお客様に確認の電話を入れる。ミッドタウンに向かうと信号が灯っている。お客さんの話によると、朝8時頃に電気が戻ったという。昨日は水さえも出なかったというが、特に問題はなかったようだ。車を走らせると、信号の点灯している地区としていない地区がある。ガソリンスタンドは行列だ。停電でポンプが使えないので、電気のある地区に車は集まる。ブルックリン・ツアーのハイライトの1つはコニーアイランドにある遊園地であり、お客様は全米で一番古いジェットコースターに乗ることを期待していたが、閉園している。この地区は電気が復旧するのが遅れている。ランチのレストランも閉店している。煉瓦のオーブンで焼くニューヨークで1番おいしいピザ屋で食事を取り、満足していただき、観光ツアーは無事終了となった。夜の大リーグ観戦ツアーは試合はあるようだが、地下鉄はまだ復旧していなかったので、中止となった。停電の起こった日は、ブロードウエイの公演も大リーグの試合も中止となった。市内の85パーセントの電力は戻ったとニュースではいうが、私が住むイースト・ビレッジは食事の時間になっても電気は戻らない。ガスで料理ができる近所の友達の家で腐っては惜しいラム・チョップを料理する。食事を終えてくつろいでいると、外で歓声が上がり、電気が戻った。夜9時過ぎのことである。29時間ぶりに電気が戻った。

新聞によるニューヨーク市の停電の模様は以下である。
ミシガン州で最初に発生し、8州5000万人に影響。ニューヨーク市損出10億ドル(約1200億円)。個人収入の損出5−7.5億ドル(約600−900億円)。税金収入の損出3500−4000万ドル(約42−48億円)。市職員のオーバータイム・コスト650−1000万ドル(約7.8−12億ドル)。429台の列車が線路で止まる。500以上のフライトがキャンセル。4人死亡(ボートのエアコンによる窒息2人、ロウソクによる火事で2人)。800件のエレベーター救助。5000件の救急車通報。8万件の110番通報。60件の重大火事。1万人の警官出動(木曜日の夜)。停電の回復度はニューヨーク市を除くニューヨーク州は深夜までに100パーセント回復。ニューヨーク市は50パーセント回復。銀行の引き下ろし機利用できず。800万人が路上、駅、空港などで夜を過ごす。200から250人が停電に関係のある泥棒(1977年の大停電は3400人泥棒逮捕)。ブルックリンのスポーツ店フットロッカーで23人逮捕。路上のホットドック屋は通常の5倍の売り上げ、アイスクリームは2倍以上。

川島裕次

 

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