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『ニューヨーク便り』 No.20: 2003. 2.3

新年パーティー

クリスマスと新年の騒ぎが収まった先日、友人のパーティーに出かけた。友人の名はクリスティーナ、スペイン人の女優だ。彼女はダウンタウンの古い建物に広いアパートを持っている。アパートは年代物の古さだが、20畳ぐらいある広さで、さらに天井が高いので、とても広く感じる。部屋には彼女の好きなモロッコ、インド、スペインなどからの国のいろいろな調度品が置いてある。彼女がモデルの絵画もある。また暖炉もあり、通常は利用しないが、この日は特別に火をくべた。以前暖炉を利用した時に、上の階の住人が煙臭いと苦情を受けたが、今回は大丈夫だろうと、気にしない。別に暖炉を修理したわけではないので、以前とは変わりないのだが、取りあえず上の階の人に暖炉を使用すると伝えておいたという。

パーティーは夜の8時からだが、7時半ごろから人は集まり、ワインをあける。集まった面々は主催者のクリスティーナを含めて仲の良い40−50代の友達6名だ。私は彼女の一人芝居を演出したことで、仲間になった。常にしゃべり通しのホルヘはキューバ人の男性で、やはり俳優だ。スペイン語の映画や英語の映画のスペイン語吹き替えで生計を立てている。彼は社交性があり、こまめに業界関係者や友人と連絡を取り、常に自分の存在を主張している。ちょっと大きめなアメリカ人女性、アレキサスは建築家だ。彼女はだいぶ成功しているようだ。残りの二人は物静かなイギリス人男性、ロニーとお騒ぎのイタリア人女性、アントニーナのカップルだ。ロニーは絵描きだが、この数年絵を描くのを止めて、チェスに懲り、小学校でチェスを教えている。このアパートの壁に掛けられているクリスティーナの絵画は彼が描いたものだ。アントニーナは女優だが、現在活動は止まったままだ。私はアレキサスを除き、他の者には面識があった。あまり社交的でない私だが、このグループには何の気兼ねもなく、とけ込み、楽しむことができた。なんといっても酒をたくさん飲んだ。人が集まりかけている時に、スペインの酒前酒、口当たりがやや甘いが、味がきつい、白ワインから始めた。テーブルの上の料理は質素だ。オードブルにトマトにフレッシュ・モチャレラ・チーズとバジルの葉をのせたもの、アンチョビ、スパニッシュ・オリーブ、サラミ・ソーセージ、イタリアのパンだ。皆、お腹が減っているようで、すぐに皿は空となる。ワインも進む。参加者がワインを1,2本ずつ持ってきたので9本ある。パーティー主のクリスティーナがスペインのワインが好きだということで、スペイン産がほとんどだがワイン好きのロニーはこだわっているフランス産を持ち込む。次の料理は私がその場で作ったムール貝のワイン蒸し、最後がスペイン名産のパエリャだ。彼女は数年パエリャを作っていないといっていたので、味は悪くはなかったが、中の米が柔らかすぎた。皆が腹が一杯になるまでしゃべりながら食べて飲んだ。アレクサスはこのクリスマスにベルリンに行ってベルリンの壁崩壊後の新しいビジネスビルを見たとかロニーとアントニーナはニューヨークの北に滞在したが雪が多く、外に出られず、ロニーは家の主とチェスばかりをして、アントニーナは退屈だったとか、いろいろ。

腹が一杯になり、程よい酔い加減のところで、女性陣たちは別の部屋に移り、モロッコやらインドやら国籍不明の民族衣装、着物(私が空港で買ったおみやげ用)を着て現れた。民族音楽をかけ、彼女らはなにやら踊り出した。三人の女性のうち二人は女優ということで、とにかく自己表現が強いのだ。一見物静かと思えた建築家のアレクサスも酔っているのか、ワイルドに踊っている。男性陣たちはテーブルで酒を飲み、彼女らの訳のわからない踊りを見ながら、歓談する。何事にもつけて頭を突っ込むホルヘは、ロニーが自分はもうどんなことにも意欲を感じず、どんなことにも気にしないというのに対して、何故そんなことで生きていけるのかと、熱く語っている。私はこのパーティーの参加者のプライベートのことはよくわからないが、ロニーはかつて絵描きとして、このニューヨークをはじめ、ベルリン、パリ、ロンドンのなどに住み、活動をしていたという。写真の技術も持っているようだ。彼はニューヨークを3度離れたが、常に戻ってきて、もうここを離れる気はないい、どの都市に行っても、結局落ち着けるのはニューヨークだという。かつては酒に酔い、何度も大暴れし、警察沙汰になったこともあるようだ。そんな彼が目指していた絵をやめて、数年になる。いまは絵を描く気がしないという。いつか気が向いたら書き始めるかもしれないといった。何が彼にやめさせたのか?彼はただ描く気がしなくなったとしか答えない。時折踊っている女性陣から訳のわからない叫びが聞こえる。着物を着て、フラメンコを踊る心理がわからないが、酒の席である。クリスティーナの経歴はサンフランシスコで元夫に薦められ役者になり、ニューヨークにて夫と離婚してまで、女優業に入れ込んだ。その後スペインに戻り、舞台やテレビで演じたが、ニューヨークに戻り、10数年が経つ。劇場への熱意は強いが、現在舞台に立つことはほとんどなく、通訳として生活している。彼女は私が演出した“スペイン”という芝居を見て、私に彼女の友達が書いた脚本を持って来て、演出してくれと頼んできたのは2年前だ。音楽はサルサになり、サルサ好きのホルヘは女性陣と踊り出す。食べ物はすでになくなっているが、ワインだけはすすむ。こちらの人は酒の席に食べ物がなくても平気で、酒を飲む。食べながら飲むという習慣があった私も10年以上の滞在でこの悪習には慣れてしまった。ダンスで疲れて、腰を下ろしたアレクサスはもうニューヨークがつまらなくなってきたという。かつてはボヘミアな風潮で自由があり、刺激があったが、いまはこの街にその活気を感じられないというのだ。キューバにでも移り住もうかなどともらした。あの9月11日のこと以来、街は寂しくなったのは事実だ。また彼女が歳を取ってきていることもあるかもしれない。私にはニューヨークはまだとても刺激的な街だ。

9本のワインはカラとなり、残っていたのは、私が持ち込んだ日本酒の1升ビンだ。ここまでくると彼らは味などわからない。アルコールが入っていればよいのだ。ニューヨークの酒屋に置いてあった吟醸純米酒は味を吟味されることなく、彼らの腹の中に飲み込まれていく。大騒ぎをしていたアントニーナは床で股を広げて、死んでいる。だんなのロニーはそれを見て、助けもせずにただ笑っている。確かに滑稽である。アントニーナは旅行好きでかつて日本を含めて東南アジアから世界中を旅したという。また東京から京都までヒッチハイクをしたという。日本はきれいだが、ビジネスマンには腹を立てていた。東京の列車で乗り込む時にはじき飛ばされたというのだ。朝のラッシュアワーだったのだろう。彼女は酒に酔うたびにこの話しを私に繰り返す。

暖炉の火も少なくなり、何時になったのだろう。皆が帰り支度を始めた。外に出ると、とても寒く、凍りつくほどだった。かつてはこの道路から見えた世界貿易センターの方向には私の吐く白い息が広がった。このような楽しいパーティーをいつまで続けることができるのだろう。

 

川島裕次

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